|
暇修館(かしゅうかん) 2007年6月 |
|
![]() はじめに 工業都市としての日立市の歴史を遡ってみると、古代にまでその源が認められ、今尚残る数々の史跡に滔々とした歴史の流れを感じ取ることができます。その中のひとつが今も地域交流センターとして利用されている暇修館であり、今回、その歴史の一端と現状果している役割についてご紹介しましょう。 歴史 暇修館は、1839年郷医大窪光茂が大窪城跡の自分の土地を提供して建てた水戸藩15郷校の一つであり、当初興芸館と言い光茂が館守(館長)になりました。興芸館は医学を中心とした学問研修の場であり、1844年暇修館と改名、郷医・神官・郷士・村役人などを教育する郷校に発展。その後天保改革に基づく文武修練の場となりましたが、幕末以降は衰退し、明治になって小学校・村役場等に使われましたが建物の老朽化が激しく1964年土地・建物が日立市に移管され建物が解体されました。その後発見された興芸館時代の間取り図に基づいて1973年日立市が建物を復元しました。 名前の由来 「暇修」とは、中国の文書に基づいた言葉から引用されたもので、「若者は空いている時間には勉学に励め」の意味であると考えられます。 史跡としての意義 暇修館の建物自体は史跡の指定を受けていませんが、大窪城跡及び暇修館跡として1972年7月日立市指定史跡に認定されています。暇修館は主に庶民教育・勉学の場として永く使われてきた経緯から、果たした役割は非常に大きく意義深いものがあると言えましょう。 現状 地域の人々の集会・お茶の会・活花教室・詩吟の会など様々な催事の場所として広く市民に利用されています。周囲は竹林等の樹木に囲まれ、静かな中にも野鳥のさえずりが聞かれるなどとても長閑でゆったりとした雰囲気が味わえます。 自然保護の観点から 土塁・空壕跡を含む森林区域が自然保護の役割を果たし、樹木の生育や野鳥・昆虫等 の生息に欠かせない貴重な存在となっています。この緑地帯が今後再開発等により無くならないことを願うばかりです。 所在地:〒316-0012 日立市大久保町4丁目15番1号 JR常陸多賀駅から北西方向へ車で約10分 見学窓口:暇修館 Tel. 0294-36-0553 施設利用の窓口:青少年ホーム Tel.0294-35-1466 なお、予め使用申請書提出要 休館日:国民の祝日、1月2日〜3日、12月29日〜31日、第一・第三日曜日、 第二・第四月曜日 参考資料:「歴史」の項については、Hitachi Media Club 44. 大窪城跡・暇修館(大久保)より一部を転載しました。 |
|
![]() 暇修館 玄関 |
![]() 暇修館 庭側 |